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ローマのレージョン、その三、騎兵隊(簡略ロ歴) [英語学習]


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* 内容の 紹介
歩兵隊の変革におうじて騎兵隊もかわった。重装騎兵の装備の充実、傭兵による軽装騎兵の採用である。その内容、事情を説明する。
(Ancient Rome History - Part 3 Roman Legion - Cavalry - 04、Historyden)

* 歩兵隊の変革におうじて騎兵隊の変化
前回までに歩兵隊の変革におうじてかわった装備についてのべたが今回は歩兵隊に付随する騎兵隊の変化についてのべる。初期の騎兵隊は重装してなかったとのべた。ただ服装としてチュニック、軽量の槍をもってた。そしてもし幸運だったら牛皮をはった盾をもつ。後年、共和制の騎兵隊は改良した武器と装備をもつこととなった。

* 重装騎兵の装備の変化
彼らは体に張りついた防護用の着衣をつける。それは鎖であまれたもの。あるいは敵の攻撃がさらにきびしい場合は重装備となった。従来は自軍の戦線の端をまもる任務だったが、より攻撃性をたかめた。ローマの騎兵隊の隊員の装備と馬は自前である。非常に金がかかる仕事である。もし戦いで馬をうしなったら国がそれを補償してくれる。典型的な騎兵隊はレージョンについきほぼ三百頭をもつ。騎兵隊は十の小隊にわかれ、それぞれが三十人の重装の騎兵からなる。これらは第一次カルタゴ戦争からまなんだ重装騎兵の改良だった。

* ローマの弱点をつくハンニバルの軽装騎兵
ハンニバルの軽装騎兵は第二カルタゴ戦争でローマの弱点をするどくついた。速度はどのような防具より優先する。ローマが傭兵隊に踏みきる事情である。ハンニバルからきっした幾度かの敗北からローマは相手のすぐれた戦術にまなんだ。あらためて軽装騎兵隊の重要性をしった。長期の遠征において決定的だった。カルタゴのおもな騎兵隊はヌメニア人からなる。

* ヌメニアのすぐれた軽装騎兵
彼らは長距離を高速で移動する。その馬は敏捷ではやい。馬に徹頭徹尾これを仕こんだ。ヌメニアの乗り手は鞍も轡もなしでのる。馬を制御するのには一本のロープを首に巻きつける。かんたんに皮膚をおおってるがほとんど裸のままである。馬への攻撃をふせげない。乗り手は豹の皮をまとってる。これでは弓矢の攻撃をふせげない。手にしたまるい盾が惟一のまもりである。おもな武器はジャブリンと短剣である。しかしヌメニアはもっともすぐれた軽装騎兵である。

* 突撃攻撃、すばやい退却
これで彼らはいっせいに突進攻撃をする。その目的にもっとも合理的な戦法、装備をした騎兵である。たびたびはなれた態勢から攻撃する。ジャブリンで攻撃し、なげつけ、すばやく反撃から逃走する。相手を攪乱するこの戦法は決定的な打撃となった。特にローマの動きのにぶい重装歩兵にとっては対応困難なものだった。さらにヌメニアは重装歩兵にたいする接近戦でもよくたたかった。ハンニバルは第二次カルタゴ戦争の時、ヌメニアの敏捷さと速度を情報収集にうまくつかった。

* ヌメニアを傭兵に採用
ヌメニアはローマにおおきな脅威となった。それでローマは戦いが一区切りついた時に彼らをやといハンニバルからとうざけようとした。ローマは自分たちで軽装騎兵をそだてヌメニアの程度までもってゆくより彼らをやとうほうをえらんだ。この後百年間、彼らはローマのためにたたかった。そして彼らはカルタゴ戦争の勝利におおきな影響をあたえた。

ローマはまた歩兵の射手と投石機の射手をやとった。この兵もその後ながくローマのためにたたかった。ローマの通常の弓は木材を組みあわせてつくった。これは後ほどのべる。

* 傭兵の功罪
傭兵の功罪である。まず功のほう。養成に時間が不要。彼らはすでにできあがってる。その道の専門家である。すでに自分たちで必要な装備をそなえてる。時間の短縮が非常に重要なことがある。しかしその罪は忠誠心である。もし給料の遅配がおきたり戦利品がなくなったりすると彼らはかんたんにもっと実入りのよい戦いをさがしにゆく。

(おわり)

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