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わたしの奇妙な夢1 [プロフィール]

yosizane_koinori3.gifここの夢は、将来の夢をかたるという時の夢でない。夜みる夢、実際にみたものである。それを紹介する。

1) 学園葬
「研究室の所属学生が自殺」、「英国王子も自殺」という張り紙が大学に掲示されていた。学園葬がこれから始まるという。目をあげると後退翼のジェット機が飛来したのが見えた。銀色の機体に濃い茜色の縁どりをもつ主翼の瀟洒な機体が急速に地上に降下してきた。
近づくにつれ機体の大きさが判然としてきた。地上近くの空中で一瞬停止したかと思うと、たちまち浮力を失ない着陸した。王室差し回しの航空機であった。せいぜい十数人乗りの小型ジェットであった。すぐ夕闇が迫まってきた。夕日の輝きが空と雲に反映して西は一面の茜色であった。
悲劇である。しかし私にとっては綺麗な夢だなあと感じる夢である。ジェット機が美しい。場面が鮮明である。登場人物に悪いが、おしゃれだなと感じてしまう。英国製の機体というが、これは絶対にフランスである。


2) 円形遊覧飛行機
蛍光灯がこうこうと輝いている。消灯されぬまま、寝てしまったことに気がついた。罪悪感と中途半端な眠りの不快感を感じながら、このまま寝ていようと思っていた。
空を見上げると円形大型飛行機が飛んでいた。基本構造は平べったい円柱形で、複数の層からなる。上部には後楽園の野球場のドーム部分が乗っかっている。これが巨大な翼の役割を果している。その下の部分に多数のプロペラが付設されている。浮力と推進力をこれらから得ている。プロペラの本体への設置である。太い管がこの平べったい円柱をを取り巻いている。そこに埋めこまれた軸を中心に多数のプロペラが回転している。この太い管は水平に単純に巻きついているのでなく、波状に上下しながら周囲を走っていた。まるで巨大な蛇が機体に巻きついてるようだった。最下部は客室部である。なかの照明の明りが輝いて鮮やかに浮かび上がっている。
驚いて見ているとまた一機が続いて飛んできた。比較すると 前機は長距離用であり、後機は 遊覧用である。後機は少し太めであると感じた。良く見ると円形翼がある。柔軟な材質らしい。飛行機が曲進すると翼の一部が波打って見えた。 これは単純に楽しい夢であるが、冒頭部分は違う。夕食を終えて、テレビを見ているうちについうたた寝をしてしまった。目覚めると教育テレビで木下順二の有名な朗読劇、「子午線の祀り」が放映されていた。女優の甲高い声が頭に響き、不快そのものの気分となった。この寝覚めの不快感はこれからの不幸を意味するような不吉な感じがした。
私の模型飛行機の話しである。小学校の前の店で購入した竹ヒゴの飛行機を自作した。当時の男の子の普通の姿だった。友だちのなかにはプロベラまで自作するのがいた。私のは幼稚なものだった。すぐ作らなくなった。仕事について休みに模型の紙飛行機を作るようになった。調布飛行場の敷地に入りこんで飛ばした。雑誌に挟まれた厚紙から切抜き、組み立てる。太めの輪ゴムで引っ張って飛すと、予想以上に飛ぶ。本当は尾翼を曲げて輪を描いて飛行するようにするのだけれど、細工なしで飛すと上昇し、10 メートルくらいの高さを保ったまま、おそらく 100 メートル以上飛行した。私は慌てて追い駆けて飛行機を回収した。
プラモデルの飛行機の組み立てもやった。F14、F16のジェット戦闘機は実際に作ると微妙なところが実感できる。14は重厚、16は軽快である。両者とも三角翼であるが尾翼を持つ。14は可変翼であり後退角によっては尾翼と重なりそうになる。16は胴体と主翼が一体で成形されるという。胴体のなかほどから主翼にむけて流れるように接続している。昔の飛行機にこんな構造はなかった。両者とも主翼の上反角がない。これでは機体が不安定になるはずである。私が熱心に読んで勉強した当時の設計思想とは全然違っている。それ自体が面白かった。しかしもうそれ以上勉強しようとはしなかった。
この夢は楽しくて懐しい。


3) のぞみに乗車
新幹線のぞみのような洒落た列車に乗っていた。しかし郊外電車であったから結局は通勤の帰路のことだった。疲れて居眠り。目覚めて慌てて車外を確かめる。しまったという感覚が生じる。線路が急に曲折しているところが見える。乗るべき方向が反対だった。あるいは山手線のように時間はかかるがまた戻ってきて目的の駅に到着するのか。時間がおそろしくかかると覚悟した。
とにかく落ち着いて事後処理をしよう。立ち上がって車内をうかがった。周囲を見回して目につくことがおかしい。隣りにお爺さんが寢ている。寝台車みたいである。この人はのんびりとその隣りの仲間の人と談笑している。それは長椅子のような席だったのだろうがまるでベッドのように居心地が良さそうだった。随分変な列車と思った。まるで長距離夜行バスの寝台に転用できる席のようだった。
乗客にはあまりかかわらないほうが良さそうだった。係員を捜して歩いた。車内の広さは相当のものだった。これはバスではない。そこでモノレールかと感じた。どうもやっぱり新幹線だと思い直した。とても通勤電車ではない。乗客は車内にまばらだ。広い空間のなかのどこにいるのか探さねばならなかった。車内の中央部には展示コーナーが設けられていた。相当大きな地球儀が据えつけられていた。世界地図を示すものだった。階下に降りた。そこも同じ構造である。また展示コーナーがあった。
そこには、THAI云々とある。良く見るとタイ国の観光宣伝であった。大きなポスター、舞踊中の女性と長い海岸線の風景が組み合わさったものであった。これはジャンポジェットの機内でなかろうか。そこでやっと見つけた係員に声をかけた。この後の記憶がない。
場面が変った。終点の手前で急に単線が複線になる。つまり終点に到着する線路と終点から出発する線路が別々にある。しかしその終点から少し離れた地点で二つの線路は合流する。このところで不思議な光景がみえる。対行する列車がまるでぶっつかりそうに近づいてくる。衝突すると思って体がのけぞる。とこれが列車同士はなんでもなく通過してゆく。どうしてこのような仕組みが必要かと考えていた。と、いつの間にか終点だった。
改札から表に出て駅前広場を散策した。駅前の店をのぞく。それから帰路の列車の時刻を確認した。特別な用事や職務があったようではない。しかし、念のためと広場、施設、人々の様子を点検して、メモした。駅の入り口まで人車のための誘導路があった。鉄柵で区切られていた。今は誰もいない。しかし出発時刻が近づくと帰りの人々が集まってくるという。それに遅れると、ここで宿泊するはめになる。列車は一時間後に出発する。私はとにかく、それで帰路につく。徐々に人々が集まってくる。
今は充分な余裕がある。ただ待っているだけでは芸がない。暇つぶしに散歩でもしようと思った。準備は終えた。何も心配することはないといいきかせていた。それで駅前からすこし足をのばして好奇心のおもむくままにあたりを散策したらしい。はっと気がついて戻ってきたら、もう改札が始まっている。結局帰宅したのだけれども、そこに至るまでに一騒動があったはずである。
話しの筋が少しづつずれていったり、いきつもどりつする感じや、やるべきことを気にしながらやらないで流されてゆく、これが私の夢の基調である。これは何だろう。実生活における不安や心の葛藤である。私が常に抱えているものである。どこまでも引きづっているものだなあ、と思う。それから改めて気がついたのだけれども、すべて単独行動である。私は仕事を除くと実生活においても単独行動であった。それがならいになっているので違和感がないけれども、やはり夢のなかでそれがはっきりと出てきていると思う。




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